◆ ハット(山小屋)で過ごした最悪の夜 ◆

人が少なく、静けさの中で自然と1対1で対峙できるのが、ニュージーランド・トランピング(トレッキング)の大きな魅力だ。しかしときとして、山中でトランピング・クラブなどの集団に出くわして、ひどくうるさい思いをすることがある。ニュージーランドでの記念すべき初めてのトランピングで、ぼくはそんな最悪のパターンに遭遇してしまった。

場所はニュージーランド北島のレイク・ワイカレモアナ・トラック Lake Waikaremoana Track 。グレート・ウォークに指定されているトレッキング・コースだ。歩いたのは冬が終わったばかりの10月はじめ。どうかんがえてもまだトランピング・ハイシーズンではなかった。

1日目、2日目は順調だった。ハット（山小屋）で一緒になったのは2、3組。10人程度で、アットホームな雰囲気がよかった。不慣れなこの東洋人にみんな親切に声をかけてきてくれた。

問題は最後の夜に起きた。午後3時ごろ、ぼくがハットにつくと、前日から泊まっているらしい高校生の男女5人組がいた。小屋に入り、軽く挨拶をしたが、5人組はトランプに興じていて、ろくすっぽ顔も上げてくれない。なんだかうるさそうだな、とちょっといやな予感がした。

しかしそんなうるささはかわいいものだった。夕方になると、どこから湧いてきたのか、なんと52人のボーイスカウトの一団がやってきたのだ。

その小屋のベッド数は18。もちろん入りきるはずがない。幸いというかあたりまえというか、彼らはテントを持ってきていた。よかったと胸をなで下ろしたのもつかの間、いつしか外は雨。その52人が入れ替わり立ち代りハットに出入りして、食事を作っては食べていく。ハットのなかは人がひしめき合っていて、ぼくは3段ベッドの最上段に確保したエリアから降りることができなかった。

まあ、ＤＯＣの山小屋は公共のものだから、納得できるし我慢もする。しかしそのあと我慢の限界に達した。夜7時になると、52人全員がハットの中に集まった。入らないものを無理やり積めこんだという感じだ。

なにかと思ったら集会だった。彼らはキリスト教系の団体らしく、代表者の大人がイエス様がどうのこうのという話をしている。で、その後はみんなで合唱。やめてくれという感じだった。この狭いハットの中でなに考えているんだ。

こういう状況だからさっさと切り上げてくれればいいものを、

「それでは、今日は特別にみんなに新しい歌を教える。みんな聞きたいか？」

「オゥー」

という感じで 「イエス様、あなたは愛。罪多き我々のために命をなげうたれた……」 とやりだした。

「それじゃあ、みんなで合唱だ！」

「♪……♪」

「ちがう、こうだ！ ♪ Oh my Jesus……」

こうしてレッスンは30分ちかく続いた。やるほうもやるほうだけど、ついていくほうもよくついていくなという感じだった。

ぼくは途中で馬鹿らしくなって、残ってたバーボンを全部飲み干してフテ寝に入った。そうしたら今度はぼくのすぐしたのベッドが尋常でない様子。ゴソゴソと寝袋のしたでうごめく音と、キスの音。悩ましげな吐息。 "No! Don't touch me" と甘ったるくささやく女の子。昨日から泊まっている高校生男女のうちの一組だ。部屋ではありがたい歌を歌っていてと思ったら、そのうるさい合唱に紛れて……。

集会が終わると大人たちがハットのなかで酒を飲み出して、夜10時過ぎまで派手にガーリックの匂いを漂わせて騒いでいた。

夜中にをふと覚ますとベッドの下はまだうごめいていた。1時半だった。

翌朝、逃げ出すように、夜明けと共にハットを飛び出した。その日は、荷物を預かってもらっていたモーターキャンプでゆっくり休もうと思っていたけど、どうやらあの団体も泊まるらしいと聞いたので、雨の中、むりやりモーターバイクを走らせてギズボーン Gisborne の町へ逃げたのだった。